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所見

 私の会社では、毎年5月に健康診断がある。身長、体重の測定に始まり、尿検査や心電図検査などおよそ2時間をかけて体の状態をチェックするわけだ。その結果が今、手元にある。水色の封筒だ。冷たく、重大な問題を突きつけている。
身長、変わらず。体重変わらず。視力良好。血圧良好。血中コレステロール良好。ここまではいい。ただ、備考欄だ。よく見ると小さく「馬鹿の所見あり」と書いてあるではないか。
 馬鹿の所見あり?どういうことだ?俺に馬鹿の可能性があるということか?去年まで何ともなかったのに?馬鹿ってそういうものなのか?というか馬鹿ってそもそも何だ。イディオット。ステューピッド。ステューデント。ハロー、ティーチャー。アイ、アム、ア、パン。

 結局その日は全く仕事が手に付かず、早めに切り上げて帰宅した。健康診断で何かに引っ掛かったこと自体初めてだったし、それが馬鹿の所見となれば動揺しない方がおかしい。
 一体どの検査がいけなかったんだろう。馬鹿だとどうなるんだろう。脳細胞が死にまくるのか。だとしたら怖いな。何かの間違いじゃないのか。いや、「馬鹿の所見あり」は確信を持った口調だ。間違いということはあるまい。「南方に大陸あり」みたいに断定しやがって。発見しやがって。くそ。くそ。どうすればいいんだ。

 不安になった私は、週末に病院へ行ってみることにした。調べた範囲では、馬鹿を扱っている病院はないようだ。確かに、「風邪・インフルエンザ・糖尿病・高血圧・各種予防接種・馬鹿の診療を行っております」とあったら「ん?」と思ってしまうかもしれない。そこで、近所の小児科を選んでみた。小児科であれば、小児全般を診ないといけないわけだから幅広い症状をカバーしていると踏んだわけだ。馬鹿の所見があるにしては中々知恵を働かせたと思う。
 予約の段階では「健康診断の結果で気になるところがある」とだけ伝えた。そして、週末。初診であったため軽く問診票を書き、医者と対面した。挨拶もそこそこに封筒から結果用紙を出し、「あの、ここの馬鹿の所見ありとはどういうことなんですか」と単刀直入に聞いた。
「ああー。馬鹿ですか。これはですね、頭が悪いということですね」
 医者の答えは驚くほど簡単だった。頭が悪い。知能が低い。ガラス越しに餌のあることが分からず、何回でもぶつかってしまう。ガン、ガン、ガンガンガン、アレレー?
「最近頭の悪くなるようなことはされましたか?例えば、解けるパズルを解かなかったり」
「いえ」
「意味をよく知らない横文字を使ったりは?」
「特にしていません」
「自覚症状はどうでしょう。ジャムに手こずったりしましたか?」
「そんなことはないです」
「チャンピオンシップって言葉が急にかっこよく思えたりとかは?」
「心当たりないですね」
 医者はメモしたカルテを見て一瞬考えてから、
「では、簡単な検査をしてみますか」
 と言った。本格的に知能を調べるのであれば、「ウェクスラー成人知能検査」という成人用の全般性脳機能検査があるのだが、大きな病院の精神科に行かないと出来ないらしい。ただ、馬鹿なのか調べるだけであれば「くそ馬鹿対応式ちのー検査」で十分間に合うとのことだった。くそ馬鹿対応式ならこの病院ででき、しかも問題は1問しかないから時間もかからない。やらない理由がなかった。
「是非お願いします」
「分かりました。では、別室で検査を受けて下さい」
 医者の合図で、脇に待機していた女性看護師が「こちらへどうぞ」と、一つだけ机のある、自習室のような部屋へ案内してくれた。よし、俺はやるぞ。この「くそ馬鹿対応式ちのー検査」を見事解いて、馬鹿でないことを証明してみせる。大学だって出たんだ。高度な教育を受けているんだ。低く見積もっても人類全体で並みの評価は受けていいはずだ。
「制限時間は20分になります」
 裏返した用紙が配られる。本当に1問しかなさそうだ。いける。いけるんだ。シャーペンの芯がちゃんと出るか周到に確認する。
「はじめっ」
 勢いよく問題用紙を表へ向ける。お花のイラスト。問題文は「これはなんですか」とだけある。
 嘘だろ。馬鹿にしているのか。いや、くそ馬鹿対応式なら仕方ないのか。ご丁寧に全部平仮名で問題文を書きやがって。イラストも他の要素を排除するかのように極力簡略化して描いてやがる。こんな問題を解くために病院にまでかかったかと思うとやり切れない気持ちが湧いてくる。何にせよ、ここ数日の心配はこれで終わりだ。20分もいらない。今すぐ解答してやる。
 私は、解答用紙に大きく「ワニ」と書き、意気揚々と部屋を後にした。
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